建築意匠のプロを育成する建築学校 デザインファーム建築設計スタジオ


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昼間部1年生 初発表!

今週初めに、昼間部1年生の作品発表会がありました。

4月に入学してから、初めての設計課題『平屋の住宅』です。

今回の課題は、設計をしていくなかで、常識的な基本を身につけることが目標です。
用途、目的に合った部屋の広さ、部屋どうしのつながり、屋外とのつながり等々。
なので、自由に好きなように設計するのはもう少し我慢。。

まず、基本を知ることが大切です。

エスキースをやっていくなかで、今回はまもるべき条件もあります。
窓、ドアは建具表から選定し、屋根の勾配は自由ですが、軒の出は左右同じにすること。
間取りがまとまってきたら、次は模型で、考えた空間をカタチにしてみる。
開口部をあけたり、とじたり、家具をおいてみたりと何度も検討して、ボロボロになってもいい
ので、納得いくまで繰り返します。
課題出題から発表までは2週間程です。

最後に、完成模型と図面をそろえて、いざ 発表です!

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先生方とクラスメイトに囲まれて、皆さん少し緊張気味でしたが、ぽつぽつと質問がでてくると、どんどん意見や疑問もでて、良い刺激のある発表となりました。
発表の場は、自分の考えを人に伝えることの訓練にもなるので、
たくさん経験したほうがよいです。
次の課題に向けて、発表、作品とそれぞれステップアップしていけるといいですね。

みなさん、お疲れ様でした!
# by df_architect | 2016-05-13 17:53 | 授業 | Trackback | Comments(0)

「私(僕)でも建築家になれますか?」 建築家になれる人となれない人

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どうやら世の中には2種類の人間がいるようです。

デザインファームは開校から今年で24年目に入ります。
建築家になるための独自のノウハウ(やり方)を提供し続け、これまでたくさんの人がここから巣立っていきました。スタッフとして仕事をするだけでなく、独立して建築家として活躍している人も大勢います。


そんな中、これまで多くの人たちを見てきましたが、
「どうして?」と首をかしげるケースがときどきあるのです。

それは、
・設計も上手だし図面も描けるし人柄も申し分ないのに、なぜか就職が決まらない
・建築士の資格も持っていてこれまでのキャリアも素晴らしいのに、なぜかやろうとしない
・高校や大学での成績も良く設計課題もきちんとできているのに、なぜか失速してしまう


また入学を考えている人からも、様々な問い合わせもいただいてきました。
そしてホームページに掲載している卒業生へのインタビューや、勤務先の建築家の方々からいただく言葉。
入学前の仕事や環境などそれぞれの違いや個々の考え方や行動など、本当にたくさんのケースを見てきました。

そうして24年目の今、思うこと。

建築家になれる人となれない人
好きな仕事に転職し思い描いた未来に行ける人と行けない人
夢を叶えることができる人とできない人
それには決定的な違いがある、ということです。


「私(僕)でも建築家になれますか?」
と聞いてくる人、残念ですがこういう人はなれません。

なれる人は、
「私(僕)なら建築家になれる気がする」
「自分ならきっとできるんじゃないか」
と思っている人です。

ではそう思える根拠は何なのかというと、
「なんかわかんないけど」とか
「だってそう思えるから」とか
「勝手に思い込んでるだけですよ(笑)」とか
「直感で!」だったりします。

それは、「○○が得意だから」「○○ができるから」ではなく、
(例:模型が得意だから、CADができるから、資格を持ってるから、ではなく)

「自分はそうなれる人間だから」という前提に立っている、ということなんです。


これは理屈やロジック等、頭で考えるものではありません。
心の「在り方」の問題です。

新しいことに挑戦したいと思うとき、誰でも「不安」を持っています。「不安」とは自分を守ってくれる役割を担う本能です。だから当然のことなんですね。

その不安を持ったままいつまでも動けない、という人と、
不安は持っているけど、それよりも次のステージに向かう期待でワクワクする!好きなことができて嬉しい!という気持ちの方が勝っている人

この違いが、心の「在り方」そのものなんです。

この在り方が
「(自分ではなれると思えないから)誰かに保証してほしい、そうでないと進めない」
「(自分はなれる人間だから)とりあえずやってみよう!」の違いに現れます。

前者の不安でいっぱいな人は、目の前にいくらチャンスが来ても、何かしらのできない(やらない)理由を並べてやりません。チャンスがあることさえ気づかないかもしれません。

一方で、できる前提に立っている人は、「(なんかわかんないけど)できるだろう」とチャンスをつかんで見事にものにしていきます。傍から見ていても、とても頼もしいですね。


さて、ここまで読んで、あなたはどう感じたでしょうか?
「そうそう、わかる!」という人は、「よくわかんないけど自分は大丈夫」という前提で生きている人だと思います。

でも、「なんか引っかかる」「胸のあたりがザワザワする」あるいは「イヤーな気分になった」「ムカつく!」といった感情が出てくる人も多いのではないでしょうか。

大事なのはここからで、その反応、感情を自分自身で見極めてくださいね、ということなんです。
妙に引っかかったりザワザワしたりムカついたりというのは、「自分自身は本当の気持ちに気づいている」ということです。
それを自分で認めたいか認めたくないかでせめぎ合っている状態、といえばいいでしょうか。
すでにあなたは知っている、ということ。
だからこそ、自分で答を出すしかないんですね。


だから、
「私(僕)でも建築家になれますか?」
に対する答はこうです。

あなたが建築家になれるかどうかは、あなたの中に答があります。私たちにはわかりません。
ですが、私たちはあなたを建築家にするだけのノウハウ(やり方)を持っています。

(牧野めぐみ)


# by df_architect | 2016-03-11 15:53 | 建築 | Trackback | Comments(0)

卒業設計をやる意味

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卒業設計発表講評会リハーサルの様子

「卒業設計」って?

その名の通り、建築学生が卒業時に設計する学生最後の課題です。
一般的には卒業時の課題といえば「卒業論文」の方が馴染みが深いかもしれませんね。卒業設計は卒論と同じように、これまで学んできたこと、研究してきたことの集大成を表現する課題です。

設計事務所への就職、建築家として独立することを第一目標とするデザインファーム建築設計スタジオでは、昼間部の学生が2年間の最後に取り組むことになっています。



卒業設計をやる意味

入学後、平屋の戸建住宅からはじまり、二世帯住宅、集合住宅、美術館と徐々に課題の設定が複雑になってきます。そして、卒業設計では200世帯の集合住宅や学生寮、他にも自分の希望する規模の大きな建物や街並みをテーマとし、そのテーマに対しての自分なりの考えを設計として表現していきます。

ここで、設計事務所に就職するのに、集合住宅や美術館の設計が必要なのか?という疑問が沸いてくるかもしれません。

デザインファームの学生の就職先として多いアトリエ設計事務所は、個人の住宅を設計しているところが圧倒的に多く、就職してすぐに設計を任されるわけでもありません。最初は図面を描く作業、模型を作る作業、確認申請や現場監理などを担当することがほとんどです。

それでも、学生時代に大きな規模の設計をしておくことは必要です。
なぜなら、規模が大きくなればなるほど、「建築家としての社会に対する自分のスタンス」を考えなければならないからです。

200世帯もの集合住宅や大きな学生寮を設計すれば、当然街並みを変えることになります。そこでは、街と人、人と人の関係を考えなければなりません。
そして、これまで生きてきて自分が感じてきたこと、建築を学んできて得た「建築が作りだせる出来事」の作り方、を総合的に形として表現することができます。

将来、一人の建築家として独立するときに、この「建築家としてのスタンス」が非常に重要になってきます。
この人はどんな考え方をしているのか?そのためにどんな形を作る人なのか?お客様は、それを見て建築家を選びます。
就職してからも、もちろんそのスタンスを徐々に築いていくことにはなりますが、その基礎を固めるのが卒業設計。
学生最後の作品であり、建築家としてのスタートの作品でもあるとデザインファームでは考えています。

だから、独立をめざす昼間部では卒業設計に取り組むのです。



辛いけど楽しい卒業設計

卒業設計は設計にかける時間も作業量も増えて、考えることがたくさんあります。模型も巨大で発表会に間に合わせるのが大変だし、多くのことを考えてきただけに発表でそれをうまく伝えるのも難しい。途中で辛いと感じることもあるかもしれません。
けれど、この卒業設計でやりたいことを出し切って、プロの世界へ巣立ってほしい、そんな想いで講師たちも一生懸命学生と作品に向き合っています。
最後は「やりきった!楽しかった!」と思ってもらえるよう、講師スタッフはサポートしながら、みんなにエールを送りたいとおもいます。

今年の昼間部卒業設計発表講評会は下記の日程で開催いたします。
一般の方も見学自由となっておりますので、どうぞお気軽にご来校ください。お待ちしております。
(田中)

デザインファーム建築設計スタジオ
2015年度昼間部 卒業設計発表講評会

日時:2016年2月19日(金)10:00~17:00頃
※開始時間、終了時間は目安です。
※入退場自由、予約不要です。
場所:デザインファーム建築設計スタジオ2F
東京都中野区新井1-6-5 エサレス中野2F




# by df_architect | 2016-02-12 12:17 | 授業 | Trackback | Comments(0)

体験授業 「ミケランジェロとベルニーニ」

12月23日(水祝) スライドの体験授業「ミケランジェロとベルニーニ」が開催されました。

誰もが知ってる、または名前は聞いたことがあるというミケランジェロ。
もうひとりは、ローマのガイドブックには必ず載っているけどほとんどの人が名前すら聞いたことがないというベルニーニ。
どちらも本業は彫刻家。そして彫刻以外に、建築家としても活躍していました。

なぜ建築の学校が彫刻家をテーマに取り上げるのか?それはものづくりの作り手(設計者)としてのスタンスがわかるからなんです。

クライアントの肖像を彫るとき、作り手として表現したいもの(彫刻としての絶対価値)を何よりも優先したミケランジェロ。
「あの・・・似てないけど」とクレームがついたとき、「100年経ったら似てるかどうかなんて誰にもわからん」と答えたという逸話が残っています。
自分の作りたいものが明確にあり、ブレずにそれを表現する姿勢がそこにはあります。

一方ベルニーニの彫る肖像は「本人よりも本人らしい」と評されるくらい、とてもよく似ていました。
ベルニーニは自分が作りたい、表現したいものに、さらに「観客目線」を取り入れた人でした。


◆「瞬間」を表現した彫刻

そんな2人の彫刻家(作り手)としてのスタンスが、「違い」としてはっきりと見てとれるのが「ダビデ像」です。
旧約聖書に登場する若きダビデ王が宿敵ゴリアテと対決する物語、その一場面を表現したものです。
特にミケランジェロが彫ったものは、美術の教科書に必ず載っているくらい有名ですね。
これ以前のダビデ像というのは、対決が終わってゴリアテの首を討ち取った後、つまり勝った姿を表現したものがほとんどでした。


しかしミケランジェロは、勝った姿ではなく「対決の瞬間」を表現したのです。
その「瞬間」とは、ダビデ王の精神のピーク。そこに、「フィレンツェ共和国の一員として共和制を守る!」というミケランジェロ自身のスタンスもこめて作品を彫ったのです。
そこには彫刻が観客から「どう見られるか?」という視点は存在しません。「彫刻」それ自体が全てです。
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それに対してベルニーニの彫ったダビデ像は、同じ「対決の瞬間」でも、観客側の感情のピークを表現しています。
今まさにゴリアテに向かって石を投げようとする、石が離れるその「瞬間」を切り取っています。
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同じダビデ王の物語でも、作り手のスタンスでこれだけの違いが見えてくる、彫刻って面白いですね。



◆作り手のスタンスと時代

ミケランジェロとベルニーニ。
どちらの作品が優れているとか、作り手としてどちらのスタンスが良いとか、そういう話ではなく・・・

あなたは、(作り手として)どちらですか?

ということを問いかけるのに、とてもわかりやすい作品といえるのではないでしょうか。


そしてもうひとつ。
なぜミケランジェロのダビデ像はあんなに有名なのに、ベルニーニの方はこれまで知られてこなかったのか。
それは何を大事ととらえる「時代」だったのか、に鍵があると思います。

ミケランジェロのダビデ像を優れた作品として扱ってきたこれまでの時代は、「モノ」そのもので勝負する時代。「モノ」そのものに価値があるとみんなが考えていた時代。
それはモノが不足していた時代を経て、大量生産し大量消費できる時代でした。

そして現代。
「モノ」そのもので勝負する時代から、モノを使って「できごと」を楽しむ、作り手と観客が一緒に「こと」を共有する時代に変わってきました。
だからこそ、ベルニーニなんですね。今だからこそ、なんですね。
だからこんなに好きなんですね、だからこんなに熱く語っちゃうんですね、牧野先生は。
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「え?今年もやるんですか?」
「今年もやります!好きなんで。」
きっと来年もやると思います。

ご参加くださったみなさん、どうもありがとうございました!

(牧野めぐみ)
# by df_architect | 2015-12-30 18:15 | 体験授業 | Trackback | Comments(0)